ちょこっと作品レポ「サンシャイン63」(portB)

「現実の強度に負けてしまう演劇はつまらない。」
現実を濃縮するか、もしくは未来を緻密に予見するか。そのような観点から本作品に「参加」すると解釈に困ってしまうかもしれない。

都市まるごとをインスタレーションや劇場と化すること、それは土地の上に建築物、つまり歴史が乗っかっていることを強く印象付け、まるで場を歴史でトッピングしているように感じさせる。ピックアップする情報が他の街の持つ情報に負けている感は否めないが、しかし、おそらくはそこはたいした問題ではない。それはこの世の中のあり方そのものなのだ。小さな声に耳を澄ますこと、雑踏の中で大切なものを見つけ出すこと、それはとても実存的な何かであって、万人が持つプラットホームはおそらくは歴史そのものの中には存在しえない。このことこそが、このツアー・パフォーマンスと旅行会社の主催するツアーとの間に横たわる決定的な違いといえるのではないだろうか。

この作品は教育劇という側面も持ち合わせているといえなくもないかもしれない。「戦後日本の暗部と驚異的な経済成長を象徴するサンシャイン60という建物」…その場の歴史を巡る「時のツアー」として。参加者たちはサンシャイン60という巣鴨プリズン跡地に建てられた建築物を中心に意識しながら旅を続けていく。それは街という膨大なテクストを開いていくという作業。

これはいわば、演劇が終わった後の演劇、アートが終わった後のアート。
サンシャイン60の屋上展望台で、たくさんのカップルたちに囲まれながら、複雑な気持ちで、作品と日常との間の差異線を曖昧にさえつつ、困惑させられつつ、終わる。

それは、「出来事」のあり方に限りなく、近い。
ささやきの声に耳を澄ませそれをもとに「出来事」を再構成すること、それも参加者自身で。それはまさしく「演劇」と呼べるものではないだろうか。この劇に参加した5人には、何か比較的大きなプラットホームが共有されたように思うのは僕だけだろうか。